滞米日記「祖母との別れ」

祖母が亡くなった。ボストンのプルデンシャルセンターの前で、バイバイ、またね、とハグをしたのが本当に最後の別れになってしまった。

がんが判明してから約9ヶ月、心の準備はしていた。いまは帰らない(帰れない)、というのも、本当に時間をかけて、自分で決めた。なのに、覚悟していたはずなのに、「最後頑張ったけど亡くなりました」という母からのメッセージに、本当に会えないまま終わっちゃったと、最後に飛んでいた小さなシャボン玉がパッと割れて消えてしまったような、とてもあっけない形で、永遠の別れが確定し、深い悲しみとともにただただ呆然としている。

でも、その悲しみの分だけ、心に決めたことがある。自分で自分を幸せにするということと、人への感謝を忘れない、ということである。どんなに掘り下げても(笑)、祖母は自分の人生に対して、悔いがないのだ。人が必ず迎える死で、これ以上のものがあるだろうか。自分のやりたいことに対して、一切の妥協がなかった。そして、そのことへの感謝も絶対に忘れなかった。だから、たとえば母の協力を得て、90歳でボストンにやってきて、会いたかった曽孫にあって、大好きなロブスターを食べて、観たかった紅葉も見ることができた。

やりたいことをやるには、時には人に迷惑をかけることもあるだろう。イヤな顔をされたり、嫌味を言われることもあるだろう。でも結局、自分の人生はその誰か、のものではなく自分のものなのだ。だから、胸を張ってこれがやりたいんだ(またはいやなんだ)と、まずは伝えてみる。そしてもしそこでやりたいことができたら、ちゃんとお礼や感謝の気持ちを伝える。これが、わたしが祖母から学んだことだ。

きっともう話すのは最後だろうという電話口で、不意に出た、帰れなくてごめん、の言葉に少し弱った声で、でも柔らかく幸せそうな声で、祖母は言った。「いいのよ、アメリカは楽しいでしょう」

あなたは自分の人生を生きなさい ー 自分のやりたいことをやり抜いてきた祖母ならではのその言葉はわたしの一生の財産として、心に残っていく。バーバ、最後まで強く生きてくれて、本当にありがとう。



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