山田五郎氏の訃報にショックが止まらない今日この頃。たまにYouTubeを観ていたくらいの思い入れなのだが、なぜだろうか。死ぬ数日前までYouTubeの撮影を続け、最期までその生き方がぶれなかったこと、それがきっと祖母に重なる部分があったのだろう。最後の講義動画で、知らないおじさんなのに、とても泣いた。また、目を背けていた、死に出会った。
最終講義のテーマは、「メメント・モリ」であった。日本語訳で、「死ぬことを忘れるな」。富める者にも貧しき者にも全ての人の前に死は平等である。死ぬ前に楽しもう。これらが、メメント・モリに込められたメッセージだと山田氏は言う。
動画ではたくさん、骸骨の描かれた絵を紹介していた。骸骨に加え、時計、シャボン玉、楽器、蝋燭、虫に食われた花など、儚いものが一緒に描かれているのが絵画の面白いところである。昔の人は、こういう骸骨の絵を飾ることで、日常から死を意識し、今を楽しめているかを確認していたのだろう。骸骨の置物、買いたくなってきた。あはは
最近、生き方について、興味深い問いに出会った。”What if there is no castle on the hill? ” もし今やっていることの先に何もなかったとしたら、どうする?
・・・困る。あはは。ゴール起点の考え方の限界を突きつけられた。あまりにも、自分はゴール起点の考え方に慣れすぎている。「これを頑張ったら報われる」「これを手に入れたら人生が変わるはずだ」「いつかは相手は分かってくれるはず」より良い未来のために今の楽しみを我慢する、そうやって今まで色々なことに取り組んできた。でも、人生では、ディズニーランドのアトラクションに乗るために、120分待ったのに、目の前で故障で乗れません、ということがありうるのだ。(ゾワっ)120分ならまだいいが現実世界においてはそれが数十年単位になる可能性もある。(ゾワゾワ)
なぜかなり体調が悪い中、収録をしようと思ったのかという質問に山田氏は答えた。「今できることは今やる」。
果たしてわたしはこれからどう生き抜くのか ー 答えはまだない。ただとにかく、今日1日、踏みしめた1歩が、もし何にもつながらなかったとしても、それが踏み出したい一歩だったのか、”自分が” 満足できるものだったのか、そういうことを自分に問いながら進んでいきたいな、とそんなことを考えた今週のことでした。
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