そういえば、とてもよくオナラをする人だった。車の中で急に窓を開け始めたら、それはオナラの合図だった。「オナラした?」と聞くと、「さっきね」と少し前の自分に責任を押し付ける。「オナラばっかしてるね」というと、「おいしいものを食べるとたくさん出るんです。」と調子の良いことをいう。
父である。先週末、3年ぶりにボストンの地で再会した。可愛い子は崖から突き落とせ精神なのかなんなのか、良くも悪くも積極的に家族に関わろうとしない父がボストンまで1時間半くらいのカナダに出張があるというのだから、頼むから絶対に来てくれと猛プッシュしたら、さすがに来てくれた。
2泊3日、あれは夢だったのか?と思うほど一瞬で帰って行った。あはは。久しぶりの父との時間はなつかしく、心地がよかった。そこには、むかしの自分の日常があった。
待ち合わせ。いつもの黒いElesseのスポーツバック(何十年使っているの?)を肩から下げてキョロキョロと周りを確認しながら歩いてくる。「パパ、パパ」と呼びながら、最近はもっぱら夫に対して使っていた「パパ」の本当の使い道を思い出す。
「税関とか何もなかったんだけど、どういうこと?おかしいな、おかしい。本当に、いいの?エエーっ。そんなことあるのかな」とひたすらに同じ問いを照れ臭さを隠すように呟き続け、バゲージクレームまで歩く。カナダからアメリカへの入国は、カナダで入国審査が行われるため国内線扱いとなるらしい。
バゲージクレームでは荷物がすぐ取れるところにスタンバイ。「チッ。遅いな〜遅いな〜」と腕を組みながら、イライラしても変わらないことにイライラする。

カナダの感想を聞けば、「ごはんがまずくてね。どこにでもポテトが出てくるんだよ。ポテトがご飯みたいなもののようなんだ。しかもだいたい同じ味付けだろう。もう参っちゃったよ。だいたい仕事のご飯なんてのはね、楽しめるものようなものでないんだよ。」(母の手料理に加え)全国各地のおいしいものを食べ歩いているだけあり、舌は肥えている父。ゲッ。今日行く予定だったお店が頭に浮かべる。Tasty BurgerにSummer Shack。アメリカも大して変わらないぞ・・とボストン代表に不安を覚える。

車で息子をカーシートにセットしている間、先に助手席に乗っていてと少しだけ目を離したら、パズルゲームをしていた。わざわざこの短時間で?と突っ込むと、「クセなの」らしい。わたしがツムツムをしていた頃からやっているゲームだ。たしかにクセなのかもしれない。
アパートに着く。エレベーターに開いた穴を見て、「これ鉄砲じゃない?!」と目をまんまるに見開いて驚く。日本からしたら、たしかにアメリカは治安が悪い。この間もよく乗る地下鉄のエレベーター内で滅多刺し事件が起きていた。ただ、アパート内で発砲事件が起きるほどではない。そして「本当に気をつけてよ、安全だけが心配なんだ」と続ける。昔から少女が誘拐されたニュースやドラマを見るたびに言われていたことだ。

初日の夜の夕食、夫とも強い握手で久しぶりの再会を果たす。さっきまで疲れていそうだったのに、人に会う時はすぐに切り替える。明るく、そして力強くあいさつをする。なぜこのコミュニケーション能力がわたしに引き継がれなかったんだ、といつも悔しく思う。そして、ご飯の前にまずはビールで、“脂肪の吸収を抑える”サプリを飲む。
HarvardやMITそしてFenway Parkに行けばまるでインフルエンサーですかと思わせんばかりに、リアルタイムでFacebookのおじ仲間たちに自分の「今何してる?」を共有、口角を微妙に下げながら1人でにたにたと笑っている。MITでは主要のドームに着く前に投稿しようとするものだから、まだメインの場所じゃないからね、まだだよ、と不要な心配をさせられた。
手荷物用のトートバック(一部破れあり)は母校のもの、靴もシャツも母校カラーの赤と紺。パジャマは何十年ぶりにかに母校野球部の甲子園出場が決まったときのTシャツ。どこまでも母校が好きなことは書くまでもない。

「すじ雲だ」冷たい空気が上の方で流れるとできる雲だよ、と教えてくれる。「ボストンは北海道と緯度が一緒ということは針葉樹が多いんじゃないか?」「地球儀はないの?ちょっとボストンの位置を確認したいんだけど」子どものころから地学に興味があったらしい。遠くの景色を見ながら、あれが何山、これは何山、こっちが北であっちが南、など1人ごとのようにつぶやいていた父を、昔から詳しいなぁと指を咥えながらよく見ていた。

空港でのお見送り。息子を父に抱っこさせて写真を撮って、息子を戻してきたと思ったら、突然、じゃあね、と挨拶する暇もなく去って行った。しかもその方向はCrew専用の列であった。あはははは。
元気でね、死なないでね、仲間ばっかりじゃなくて、ママの話もきいてあげてね。とか色々最後に伝えたかったけど、その言葉は家から空港まで言葉になることはなかった。なんとか振り絞って、またきてね、と言ったら、望まれてなくてもくる、と父は言った。今までで1番積極的な父の言葉だったかもしれない。
父も67歳。変わったところと言えばいびきが少なくなったことと、老眼が進んでいたこと。それ以外で変わっていないということは進化していると捉えていいだろう。
変わらない父にほっと気が抜けて、なかなかエンジンがかからない今週、切り替えるために日記にしてみました。
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