どんなに小さなことでも指摘をされると、自分を守りたくなるのが人間のサガである。
「ティーバックはシンクでなくて、ゴミ箱にね」「乾燥機に入れたくないものは洗濯袋にちゃんと入れてね」「コンタクトレンズ液の蓋、開けたら閉めてね」最近、スッと盾を出しかけた夫からのミニフィードバックである。人として当たり前のことばかりなのに、耳を塞ぎたくなる。ドーン。より良い人でありたいと願いながら、変わらないことを願う、矛盾に溢れた我が自己防衛隊はどこからやってくるのか。
前だったら私のコマンドは、「言い訳」「攻撃」「パッシブアグレッシブ」「自己批判」だっただろう。「洗濯物の袋が洗濯いれの底にあって見つけられなかったんだもん」が言い訳。「息子が寝ている間に夫の分も含めて急いで食洗機にコップを入れようと思っただけなのに、お風呂から出たあとは息子氏の寝る準備でバタバタしていただけなのに、なんでそういうことをわかってくれないの」が相手への攻撃。「ハイ」とだけ言って無言でダイオキシンを醸し出すのがパッシブアグレッシブ。「そこまで行き届かない私はダメな妻です」が自己批判。めんどくさッ。てへ。
「そうだね、今度から気をつける」と一言言えばいいのにそれができない。そして最悪の場合、それらが喧嘩に発展し、数時間の時間と涙と膨大なエネルギーを無駄にする。しかしココ最近、出動しかけた自己防衛隊を制止し、指摘を素直に受け入れることに成功し始めた。なぜ人は自己防衛してしまうのか、そのメカニズムを特集したポッドキャストに出会ったのである。ということで今日はそのポッドキャストHidden Brainで学んだ一部をまとめておこうと思う。
かなりざっくりまとめると、人は指摘をされるとセルフイメージに攻撃を受けたと勘違いをする。脳の構造上、個別の問題を人格の問題として捉えてしまいがちなのだという。
ティーバックをシンクに捨てることとサポーティブなファミリーメンバーであるかどうかは全く別個の問題なのに、そこを混同してしまう。つまり、指摘を受けてすぐに、ティーバックをゴミ箱に捨てていない自分は、家族に対してサポーティブでないと言われたと思い込んでしまう。
だから、夫の分までコップ片付けたのに!息子氏のお世話で時間がない中頑張っているのに!そういうことを理解してくれない夫がおかしい!!と、自分がサポーティブな人間であることを証明すべく、まるで大型犬に吠える小型犬かのように懸命に猛反撃を繰り出すのである。(もはやかわいい)こうして1つの細かい事象を、自己の問題にすり替えてしまうというのが簡単な自己防衛のメカニズムである。
解決策としては、セルフディスタンシングという手法がある。他の誰かが同じ状況だったらどうアドバイスするかを考えてみたり、尊敬するあの人だったらどう反応するかを考えてみたり、メディテーションや宗教などを通じて自分を超越する何かと繋がってみたり、とにかく一旦、自分から離れるということが大切だという。
ホホー。まずは自分で自分が一生懸命やっていることを受け入れてあげることが1番かもしれない、と思った。みーんな、生きる中でたくさんのことを回している。親のこと、パートナーのこと、友達のこと、仕事のこと、社会のこと、子どものこと、将来のこと、過去のこと。
1個でもボールを落としたらダメだと誰が決めた?(なんかの歌詞?)自分で自分にやさしくなれないから人は吠える。自己防衛隊を出動させる。ピーポー。
だから、いろいろ頑張っていたけれど、ちょっと落としちゃった、でもそれだけ頑張ってたんだなァ〜なんて、他人からの指摘を自分を労わるきっかけにすれば、「あ、ごめんごめん、今度から気をつけるね」と一言で済ませられるかもしれないと、そんなことをぼんやりと考えていた今週でした。
人にやさしく、自分にやさしく。また来週も平和に生きましょう。
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