ズボンを履け、息子よ。おむつをかえて、ズボンをはかせようとすると、ウキキィと本当におさるのように逃げ回る。いつもならお風呂上がりでない限りどうにでもなれとそのまま放置なのだが、ついこの間かぜをこじらせ、ERに駆け込んだばかりなので、そのままにしておくわけにもいかない。なのに、この日はどうにもならなかった。こりゃもう待つしかない(大きなため息)と放置すると、「ずぼんはきたい」と寄ってきた。フッきたか童よと得意げに履かせようとしたら、また逃げやがった。
その繰り返しを5回ほどしたところで、いつもは自称ジェントルペアレンター(あくまで自称)のわたしの堪忍袋の緒がブチっと切れた。ガッと息子の足を掴み、はけって言ってるでしょ、風邪ひいちゃうでしょうがああああああ!!!!(辛うじてちょっと丁寧)
気持ちを受け取り、なぜかちゃんと説明し合う。気持ちを受け取り、説明し合う。・・我が使命は息子の心身の安全を確保し健やかな行動に導くこと。・・躾 躾 躾の遵守 息子の心身の安全を守る義務 親子で共通する躾 躾を体現することで家族は統率される それを乱せば家族力は脆弱に よって家族に危機が及ぶ・・・VIVANTのあのシーンが脳裏によぎる。あはは。
頭ではわかっているのに、身体がいうことを聞かない。その形相と足を掴む手はきっと阿修羅のようだったに違いない。息子がうわああああんと泣き始め、はっと我に返る。こりゃいかん、と一旦部屋を退散、それでも収まらない息子へのというよりは自身をコントロールできない自分への情けなさと怒りに、握りしめたズボンを(息子にバレないように)ソファに投げつけた。えへ。
そんなことを察してか、ChatGPTが英語の練習で「なぜ親はたまに子供に対して痺れを切らすことがあるのでしょうか?それに対して何ができるのでしょうか?」と聞いてきた。うるさい。
でも考える価値はありそうだ。
なぜ痺れを切らすのか?む。親は子育て以外にも色々なことを回してしており、子どもはその皺寄せになりやすいからである。子どもも他の外部的状況と同様、親がコントロールできるものではないはずなのに、コントロールできる部類に入れがちなのである。だから他にも色々なことが重なると弱い立場にいる子どもを、手っ取り早くどうにかしようとしてしまう。
思えば色々なイレギュラーが重なっていた。ERで行けなかった免許更新調整、それに伴う諸々ビザ書類の確認、息子の体調不良の心配や自己疑念、活発息子在宅保育による部屋崩壊・社会断絶へのストレス、夫の仕事疲労への心配、エトセトラ!
こういう時は息子を安全な場所に置いて、一度離れる。そしていまは抱えていることを思い出し、そんな中でよくやってると言い聞かせる。そうすると徐々にいつもの自分に戻って、息子の興味を惹くほかの何か、を考える余裕が生まれた。よし、そこに散らばったパズルを使おう。そして息子の注意を「ずぼんいや」から逸らし、ようやくズボンを履かせることに成功した。(おつかれさま〜)
この間、サイエンスミュージアムで、知らんお父さんが息子に言っていた。「そこから足は出さないようにね」するとその息子はすんなりと足を引いた。こんなに簡単に子どもがいうことをきく日がくるのかと、一筋の光を見た。
いつか、話し合えば、もう少しわかる日がくる。(たぶん)いまはまだ発達段階なだけ。子どもは弱い立場にあるからこそ、対等に、より丁寧に。なにか抱え過ぎていたら、いまできること以外は、ちょっと脇に置いておく。そういうことをなん度も自戒したそんな今週でした。ははは。
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