歯医者が嫌いである。なぜなら、手を挙げられないからである。「何かあったら左手をあげてください」と言われて手をあげられる人がこの世の中にはいるのだろうか。
今の歯医者ではマウスピースをつけて治療する。舌と治療エリア以外をカバーし、口が閉じられないような仕様になっている。舌を怪我させるリスクがないし、口をもう少し開けてとかいちいち伝えなくてもいいという歯医者側のメリットがあるのだろう。ただ、患者側のメリットは甚だ疑問である。このマウスピースがわたしにとっては地獄の治療器具なのである。
マウスピースを装着し、口をマキシマムに広げたまま1時間半というのも、鯉じゃあるまいし、結構な拷問なのだが、でも何より、そのマウスピースが謎に高機能なことに問題がある。突風が吹き出してくるのだ。そしてその突風がわたしの知覚過敏に直撃する。うわああああゝああと、わたしは大人げなく心の中で絶叫する。
スッと手を挙げて、この苦痛を伝えたところでどうなる。「この風が、痛いです」なんて伝える患者は他にいるのか?いや、そもそもマウスピースをしながら話せるわけないし、この苦痛を伝えるまでには、先生が一旦治療を止めて、それらの器具を置いて、マウスピースをとってもらって、それから、ようやく「どうしました?」になるだろう。それで、「この風が痛いです」と言われて先生はどうするのだろう。
「大丈夫ですか?」モゾモゾと痛みに悶えていると先生が聞いてきた。コクン、とまるでシャイな3歳児のようにうなずき、絶望する。これでもうこの不快を訴える機会は、ない。
そうこうしていると、また別の苦痛が襲ってくる。鼻がムズムズハリケーンである。鼻をかきたい、かかせてほしい。可能性は低いが、クシャミを伴っている可能性もある。治療中に急にクシャミが落雷したらそれはもう大惨事だ。でも、可能性は低い。これで手を挙げても、治療を止めて、器具置いて、マウスピースとって、どうしました?の一連の対処をしている間にこのむずむずハリケーンはわたしのニンニクっぱな島を離れている可能性が大である。そしてわたしは挙手ではなく、必死に、スーハースーハーと、大きく胸に息を吸って鼻から意識を逸らすことに全集中することに決めるのだ。
他にも、あり(架空)が顔によじ登ってきたり、先生の手と歯の間に一ミリほど唇が挟み込まれたり。マウスピースの風で喉がカラカラになって呼吸困難になりかけたり、治療前に髪を束ねたゴムを取りそびれて首に突き刺ささり続けたり。
そんな塵みたいなことを治療を止めてまで言えないのだ。でも、せっかく息子から離れられるME TIMEでもあり、もう少し、快適に過ごしたいのであった。みんなはどうしているのか、そんなことを考えた今週であった。お疲れさまでした。
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