Life of T

アメリカ・ボストンでの生活のこと


暇潰日記「負けず嫌いだった」

なにか物事に向かうとき、「もっとできる人がいる」と、常に誰かと比べる自分がいた。アメリカ生活の不安はそういうところからもきていたりもする。その理想の誰か、は誰なんでしょうね、と、ある日カウンセラーが言った。いまの自分の思考は思春期のころの影響が大きかったりしますよ、とも。最初に頭に浮かんだのは、ワンピースのゾロだった。あはは。そもそも、生きている次元が違う。

常にわたしの上に立ちはだかる理想の誰かとは。頭文字が出てきそうで出てこない歯痒い気持ちを掻きむしって、絆創膏を貼り、放置した。

そして約1年半後、子育てにおいて、一芸に秀でることについて友人と話していた。何かに秀でることに越したことはない。ただ、秀でることが大切か、と言われると、どこかで身体が拒否反応を示していた。秀でるということは、人と比べることになるからである。ザワザワザワワ、と心も何かを訴えかけていそうだったので深掘りすることにした。

・・・・・・・認めよう、秀でようとしてきたのだ。水泳で、負けたくない人に、勝とうとしてきた。自分がどう練習するかを相手の出方に委ね、自分の選手としていや人間としての価値を相手に勝っているかどうかで決めてきた。比べてきた。来る日も来る日も、「相手に負けない」ということを目標に何千メートル、冗談抜きでメニューの初めから終わりまで、全力で泳いできた。(実に滑稽である)

他人というコントロールできない存在に翻弄されると人はどうなるか。とにかく気が抜けないのだ。自分が一瞬でも気を抜いている間に、相手が自分よりも鍛錬を積んでいるかもしれない。強くなってしまうかもしれない。だから、想像できる限りの完璧像を生み出して、自分を比べて鞭を打っていたのだ。この息の詰まるような日々は中学生から高校生にかけてのことであった。そしてこれが、知らぬ間にクセになっていた。

「・・・その理想の誰か、は誰なんでしょうね・・・いまの自分の思考は思春期のころの影響が大きかったりしますよ・・」

あなたの名前は、ニギハヤミ、コハクヌシ・・と言われた気分であった。ビシビシビシビシィッと身体中から鱗が剥がれ落ちた。自分を苦しめてきた「もっとできる人」は、負けず嫌いな自分が作り出した幻だったのだ。

もしあのとき、その日の自分の体調や自分のできることに向き合って、自分に集中できていたら。その相手を敵ではなく仲間として、練習の苦しさを共有できていたら。一緒に速くなろうと励まし合えていたら。きっと、より強く、速い選手になれていただろうなと、今は、思うのだ。

生きる喜びは、勝つことではなく、人とつながることにある。己を磨き、人の力になり、助け合うこと。幻の誰かがスッと自分から離れていったような、そんな今週のことでした。



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