Life of T

アメリカ・ボストンでの生活のこと


滞米日記「アメリカ大好きな90歳の祖母がボストンにやってきた」

「ああ、もうボストンも終わりかぁ」と90歳の祖母がまるで少女のように悲しむから、堪えていた涙が溢れてしまった。プルデンシャルセンターの前で、来てくれてありがとう、またね、元気でね、とハグをして最後は笑顔で別れた。

5月に生まれた息子に会いに祖母が母のサポートのもと、はるばる日本からボストンにやってきた。次にいつ会えるかわからないから、いつものごとくすごく寂しい気持ちでいっぱいだけれど、エネルギッシュでポジティブな祖母に刺激され、今、私はまたアメリカで人生楽しもうと、生きる気力に満ち溢れている。

わたしの祖母は、アメリカが大好きなのである。(だから今回のボストン旅行が実現した)フランス文学者の父の影響で小さい頃から海外への憧れがあったという。中でもアメリカは祖母にとって特別だったそうだ。なぜなら戦後、学校に向かう電車で、満員列車にぎゅうぎゅう詰めになって通勤通学する日本人とは対照的に、1番先頭の空いた車両で優雅に制服をピシッと着ている米兵の姿がかっこよかったからだと祖母はキラキラとした笑顔で話した。当時、アメリカと日本には雲泥の差があったのよ、と繰り返していた。そんな祖母のお見合いでの結婚相手への条件は、海外転勤があること。そして、商社で働く祖父と出会い、結婚。祖父のニューヨーク駐在が決まり、夢のアメリカ生活が始まった。当時は1ドル350円の時代、生活は苦しかったと聞くけれど、それでも憧れのアメリカで暮らす日々は充実していたのだろう。ボストン滞在中、その4年間の思い出がまさに昨日のことのように、事細かに語られた。そしてアメリカへの賛美が止まらない止まらない笑 その内容は特に食についてが多くあったように思う。(食いしん坊の起源、ここにあり)

まず、祖母のアメリカ賛美は、Wholefoodsで購入したサーモンの厚さから始まった。「こんなに分厚い鮭は日本では食べられない。日本だと本当にうっすい鮭しか売ってないんだから。」付け合わせのスイートオニオンを食べれば「この玉ねぎもすごく甘くて美味しい。」Iggy’s Bakeryのパンを食べれば、「こんなに弾力のあるパン、久々に食べたわ。美味しい。粉が違うのかしら。」わたしがそろそろ熟すを通り越して腐りそうだと渡した桃を見れば、「桃、自然な形していていいわね。手のひらにおさまっちゃうわ。」Star Marketに行けば、「この麦、日本では買えないのよ。昨日タカちゃんの作ってくれたスープが美味しかったから、同じのを作ってそこにこの麦を入れようと思うの。」わたしの作ったケーキの材料の話になれば、「アーモンドペーストなんて日本では売ってないわ。アーモンドスライスだって日本だったらちっぽけな個包装でしか売っていないんだもの。買って帰らないと。」挙げ出せばキリがないが、一緒に行ったDumpling houseのロブスター料理にも、Atlantic fish companyのシーフードプレートにも大感激していた。わたし、アメリカが好きなの、と、とにかくアメリカを褒めて褒めて褒めまくる〜。

Dumpling houseのLobster with garlic and scallion たっぷりロブスターで時価47ドル!
Atlantic fish companyのSeafood Platter

驚きである。わたしは、アメリカに美味しい食材はあまりない、と思っていた。なぜか腐らないパプリカ、どでかいなす、青い部分しかないねぎ、細すぎる人参やアスパラ、固いトマトにぎゅうぎゅうにつまったキャベツ。なんで鶏肉の皮あり骨なしが売っていないんだ。薄切り肉、求む。アメリカが日本に食で勝ることはない、と傲慢にも思考停止していた。日本からアメリカに渡り、いつもの食材が全然ないジャン!というスーパーでの衝撃と失望がそのままアメリカの食文化として冷凍保存されたままだったのである。だから、祖母のアメリカの食の見方がとっても新鮮だった。

滞米3年にもなって我ながら情けないのだけれど、例えばスーパーに行きあのどでかいナスを見るたびにああ日本だったらちょうどいいサイズのナスが買えるのに、と思い続けていた。このマインドセットは食材だけでなく、全てのことに共通する。日本だったら、カラオケでストレス発散できるのに。(そこ?)日本だったら、美味しいお惣菜がすぐに手に入るのに。(主婦の味方)日本だったら、こんなにキャリアについて悩まなくて済んだのに。(本当?)日本だったら、日本だったら。基本的にポジティブに状況を捉えようと生きているけれど、まあ、そうやって弱気になることもある。でも、祖母のアメリカ愛に、目が覚めた。あなたのいる芝はこんなにも青いのよ、と教えてくれた。アメリカだからこそ、できることがたくさんある。

「わたしはね、今、色々な思い出があるから、寂しくないの。タカちゃんもこれから、アメリカでたくさん思い出ができるわよ。たのしみね」絶対に大丈夫と信じて疑わない祖母の力強い眼差しに背中を見送ってもらったから、もう自分は大丈夫なのである。



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