息子が生まれてから100日目のある日。お食い初めなるものをする日である。我が家の料理担当としても重要な日である。なぜならそれは息子のために初めてご飯を作る日だからである。
お食い初めって何するのさ、から始まった。ミルクしか飲まない赤ちゃんにご飯作るの?何を、何のために?色々わからないことがたくさんあったけど、じっくりと調べる余裕がなかった。だから、母から送られてきた姪っ子のお食い初めの写真↓を参考に準備を進めることにした。

まずお吸い物、これはこの間WholeFoodsに立派なハマグリがあることを知ったから、それでいいね。香の物のおなます、これもいける。大根とにんじんの水気を塩で抜いて、味付けするだけ。お煮物は、作ったことないけど、これを機に作ってみよう。日本人母ちゃんとしてお煮物作れるようになっておきたいしね。ちょうどこの間、炊き込みご飯のための乾燥椎茸買ったし、それ使ってみよう。レシピは、栗原はるみさんのレシピ本から1個気になるお煮物のレシピがあったな、それを元にすればよい。そして問題は、お赤飯。ドラマVIVANTを観て、我もお赤飯作ってみたい!とレシピを調べたことがあるのだけど、大変そうで諦めた記憶。(阿部寛の務める外交官?がそれはそれは美味しそうなお赤飯を作るのだ)これは流石に難易度高いな、と母に伝えたら、お赤飯の素かなにか売ってるでしょ、それでいいの、と妥協のGOサインをもらう。ふう。じゃあ、お赤飯は素を買えばいいか。梅干しは、義理の家族に持ってきていただいたものがあったから、それを使おう。・・・よし、なんとかなりそう。見通しがついて安心する。
後から調べてみると、お食い初めの基本は一汁三菜で、ご飯、お魚、お煮物、汁物、香の物で構成するものだとか。お魚、か・・・この間メイン州で買ったししゃもがあるはあるけど、お魚まで用意したらキャパシティ大爆破する気しかしないからやめておこう。無理はいいけど、無理のしすぎはよくない。
朝から大忙しだった、いや、充実していた。もしかしたら夕方、息子につきっきりにならないといけないかもしれないから、できることをできるときに、先に進めておく必要があった。おなますの大根とにんじんを塩でつけておく。ハマグリを塩水につけて砂抜きをする。お煮物の具材を用意する。こんにゃくを茹でる。レンコンを水に浸す。乾燥椎茸を水で戻す。里芋の皮を剥いておく。冷凍してある鶏肉を解凍しておく。これらを同じサイズに切っておく。そして、にんじんを花形に切る。いや、花形じゃなくてもよかったんだけどね、そういえば、お煮物のにんじん、花形のことなかったけか?と思い出してしまったから。かなりの手間ではあるけれど、息子のために初めて作るご飯だから、ちょっと頑張りたい。
にんじんを輪切りにしたあと、五角形になるように5回包丁を入れる。次に表裏、五角形の角と角の間に三角形の切り込みを入れる。そして最後に面取りをして、完成。こーれが大変だったぁ。まず綺麗な五角形にならない。調べればコツとかも出てくるだろうけど、私には眠れる息子が目を覚ますというタイムリミットがあるから、立ち止まることなく進めていかなきゃならなかった。三角形の切り込みも、私の手は細かい作業用には神経が通っていないので、ぐちゃぁっとなる。歪なお花が揃っていくたびに、よし、にんじんを花形にしよう!と決意した私の心がぐらつく。 完成形から、その心の揺れが十分に伝わると思う。どーん。

下準備を終えたら、作れるものから作り始めていく。ご飯食べる時間から逆算しないとなと思っていたけれど、よくよく考えたら出来たてでなければいけないものはない。まずはお吸い物、お鍋に水と昆布と蛤を入れてじっくりと火を入れていく。その間に、煮物作り始めよう、と思ったら、砂糖がないことに気がつく。はあぁ、、。おなますにも砂糖を使うから、もうお吸い物以外は進められない。自分でお買い物に行くこともできたけど、もうすでに準備の段階で残りのHPが25くらいになっていて、自分で行ったらHPがゼロになりそうだったので、夫に帰り道に買ってきてもらうことにした。
夫の「かえる」LINEを受けて、煮物の具材を火を入れ始める。こうしておけば、夫の帰宅(砂糖の到着)と同時に煮る工程に入ることができる。同時にお赤飯も炊き始める。お赤飯の素を炊飯器に入れて、スイッチオン。
お吸い物のハマグリがなかなか口が開かず、まさか、全員死んでるのか?!と思ったけれど、蓋をして沸騰させたら、お待たせしましたァ、と口を開け始めた。ふう。ただ、味が、磯感満載でこれが正解だったかはわからない。煮物は煮出してから味がしみるのにどのくらいかかるのか不安だったけど、意外と20分くらいでそれなりの味になった。ふう。(ありがとう、はるみさん)お赤飯は水加減が不安だったけど、いい感じに炊き上がった。ふう。おなますは砂糖入れすぎた?と思ったけど、大丈夫だった。ふう。そして、こんな感じになりました。


息子に食べさせようとするときには、もうHPが2くらいだったけど、なんとかお食い初めができて安心した。お食い初めの意味は、子どもが一生食べるものに困らないように願いを込めることにある。ある人は気持ちがあれば別にこんなことしなくていい、というかもしれない。息子も今日のことは覚えていないだろう。今日、何もしなかったとしても息子は寝返りをうつようになるし、歯も生えてくるし、身長も伸びるし、喋るようになる。でも、本当に気持ちがあればいいのか?大変ならこんなことする必要はないのか?もちろん、大変すぎて、疲弊して相手に見返りを求めるようになったり、体調を壊したりしては問題である。そのバランスは考えなければならない。(だから、お魚は諦めた笑 )でも、想うことは誰にでもできる。数秒あればできる。ただ心に思い浮かべればいいだけだ。気持ちがあればいい、というのは想いを受け取る側の、想いを送る側への思いやりだ。それは想いを伝えたい側のマインドセットにはならない。だから、本当に何か伝えたいことがあるなら、ほんの少しでもいいから、行動を起こす必要がある。面倒くさいことをする必要がある。相手の記憶に残ろうが残らまいが、伝えたいことを心に行動を起こし続ける。そういう誰かの行動に今まで自分は救われてきたから、自分もそういう誰かのようであれるための努力はしたい。(理想ドーン)
気持ちをカタチにする儀式があることの意味を改めて考えさせられたお食い初めでした。家族のため、子どものためにご飯を作れるのはとっても幸せなことだなあ。
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